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2021年2月17日


 あきたこまちは、コシヒカリよりスッキリした印象です。

 秋田産は特に大粒で、かつシュッと透き通る感じの、スゥ~っ伸びていくような甘みが特長です。

 つや姫は「シュッ」ではなく、「キュッ」と引き締まった感じで、コシヒカリは「ふわっ」とした口当たり。

 こまちは、決して「固め」というタイプではなく、もちっとしているお米であるのは、どの品種も変わりありません。

 「おいしさ」という基準だけで比べたら、決してコシヒカリに劣るお米ではありません。

 団塊の世代に対する

 「吉永小百合と栗原小巻のどっちが美人か?」

みたいな質問で、あくまでも好みの問題。いや、往年の大女優なら、私は女囚さそりの梶芽衣子なんですけどね。

 平成世代の人、昭和ネタでごめなさい。

 私はこまち育ちの秋田県人ですから、もちろんこまち派。無人島に1品種持っていけるといわれたら、つや姫...に手が伸びると見せかけて、やっぱりこまち。

 卑近なたとえで恐縮ですが、もし私が小5だったら、そのうち転校していく憧れのご令嬢がつや姫さんなら、いつも隣にいるのが幼馴染のこまちちゃん、みたいな感じ。

 誰が俺の初恋だったんだろう?

と振り返ると、麗しのつや姫さんではなく、物心ついたときから側にいた、こまちちゃんだったんだ、みたいな感覚。

 実際、毎回コシヒカリだったお客様が試しにあきたこまちにしてみたら、それ以来あきたこまちという方は、結構多いですよ。

 日本時代からコシ派の方、シンガポールでは稲造こころのお米、「あきたこまち」もぜひよろしくお願いします。


2.種は同じでも

(1)育て方

 しつこく、こまちネタ。

 弊社には、①一般栽培②特別栽培③無農薬④JAS有機と、4種類のあきたこまちがあります。

 この4種。種として持っている遺伝的背景は、もちろん一緒です。ところが、無農薬になると、粒から放たれる格がまるで違う。

 普通、人間も含めた動物の子は、同じ両親でも兄弟で顔も体も違うじゃないですか。

 一方、栽培作物は、隣の株と向かいの株で、背丈や実の大きさ、味が違っていたら大変。こういう差異がでないよう、食用とは別に、種だけを専門に作る農家がいるんです。

 種籾専用の水田というのがあって、雑草や違う品種が混ざったり生えたりしてないか、徹底して管理する。

 農家は種を卸業者から買うのですが、農家の育成環境はバラバラ。

 土壌や気候といった自然条件、生産者が違えば農薬や肥料のやり方、栽培密度や水管理等の技術で、生産者の巧拙がはっきり分かれる。

 するとどうだ。

 種は同じ「あきたこまち」なのに、収獲される頃には、味も粒の大きさも、そして粒が持つ品格さえも、かなりの差異が生まれている。


(2)生まれより育ち

 何が言いたいのかというと、植物も、動物も、もちろん人間も、結局は環境次第であるということです。

 たとえば、港区の、私立の小学校の前とか通ってみるじゃないですか。

 伝統を感じさせるチョコレート色の制服に、学帽までかぶった小僧が歩いている。

 「ハイ!ありがとうございます!」

なんてキラキラした目でハキハキお礼をいいそうな、お受験からの生え抜き、しつけのいいお坊ちゃまオーラが強烈。

 その横には、

 「わたくし、蜻蛉物語の道綱母に共感いたしますの」

みたいな、見栄っ張りタワマンママなんかとは完全別格、18代遡れば松平伊豆守信綱みたいな山の手のおかあさま(もちろん年齢不詳)。

 そしてラスボス登場、ヨット焼けした貫禄のおとうさまが、でっかいドイツ車で迎えに来たわけ。

 一方、父がブツのバイで服役中、酒とたばこで喉をやられてしわがれ声の母は場末のスナック、みたいな足立区の家庭で、さきのチョコボーイが育った場合、果たして

 「ハイ!ありがとうございます!」

なんて気の利いたセリフが出てくるものかと、ふと考えたわけですよ。

 血が同じでもやはり環境が違えば、チョコボーイは15にして盗んだバイクで走っていたのではないか

 まあ、氏素性がどうであれ、人間は誰が幸福になるかわかりません。

 しかし、少なくとも「身についた品性」だけは、植物も人間も、育った環境次第といえる。

 4種のあきたこまちを比べて、そんなことを考えた。

 そういう私は、秋田の、黒毛和牛が脱走してくる(←かなり衝撃的光景)僻地で育ちましたし、その品とやらは動物程度なのでしょう。